心よりご冥福お祈り申し上げます。
※ここからですが、あっちゃん!!
(ファンなのでこうやって呼ばせていただきます)
ほんのちょっと前の9月です。
また、音楽をやれたらよいなぁと思いつつ
でわまず、自分のホムペを作って曲作って
好きなアーティストを宣伝しまくろー
と、思って、日々Pcとにらめっこしてました。
無理な話しですが、超、超絶がんばって
Buck-tick40周年のフェスに出れたりしてー
何て儚い夢を見つつホムペを作ってました。
なんとか外枠ができて、ブログの書き方
勉強してるとき、ふとタブレットの
ラインNew-sを見たときに「櫻井敦司」
と目に飛び込んできました。携帯消しました。
その後の言葉を体が拒絶してたと思います。
そのままタブレットを開けず、
しばらく自分なりの良い解釈をしてました。
あっちゃんが新しいアルバムを出すのに
すんごい事をしたのかな?とか、
ついに、生と死を表現するアーティストと
して世界で一番に称賛されたのかな?など…
勝手に辿り着いた答えが「生と死をテーマに」
小説だす。でした。
意気揚々とタブレット開いたときの
絶望と、頭の中が真っ白になった感覚が
今でも思いだします。「恐怖」でした。
それから約10日。はじめてのブログを
あっちゃんに、敬意と、畏怖の念と、想い
すべてを含めて、ご冥福をお祈りすると共に、
書かせてもらいます。
Buck-tickのファンになって約31年です。
中学生の頃でしょうか?
当時自分も含め、まわりはガンズ、エアロスミス
国内のバンドは聞くことはありませんでした。
姉が(他界してしまいましたが)大ファンで
「HURRY UP MODE」を聞かせてくれたのが
始まりです。
その頃は耳コピする程度で「派手だなぁ」
位に感じてましたよ。その時は海外の
ミュージシャンにどっぷりだったので、
上手いなぁとも感じる事なく……
しかし…「MY EYES & YOUR EYES」で
恋におちましたよ。そりゃもぅ落ちました。
なんて、優しい歌詞かくなかなぁ…と
そして、満を持してライブで見たときの
感動は素晴らしいものでした。
それからずっと、Buck-tickを追いかけて
素敵な夢を見させてもいました。
「FLAME」「Tight Rope」は最高のお気に入り。
綾小路さんも「ずっと夢みてごめんなさい」
といってました。
確かにそうなんです。この言葉で
凄く、後悔しました。
夢見てました。絶対終わらないし、
永遠と続くと思ってました。
一万光年譲ったとして、ラストが
あるときは、自分含めファンは、
それぞれ思い描いた、最高のセットリストが
あったと思います。
この文を読んでいただけるかわかりませんが、
もし、読んでくれたファンの方で、後日行われる
あっちゃんを偲ぶ会に行かれる方、この想いも
伝えてきてくだい。
絶対にいけない…いけません…。
本当に心から、沢山の感動、思い出、
優しい気持ちをありがとうございました。
天国で素敵な天使になって下さい。
りんご
ここから下はDarkな心を書きます
日本て、なんで芸術に対して
反応が遅いんだろう?
Buck-tickはミュージシャンでありながら、
最高の芸術家だと思います。
ビジュアル系の元祖で、ゴシック、生と死
を表現させたら絶対右に出るアーティストは
出てこないと思います。
音楽業界に衝撃といってますが、
世界に衝撃だよ。以上に地球だよ地球!!
なんでもっとあっちゃんのいる間に
国をあげて絶賛しなかったのだろう?
CMもそう、ウイスキーならあっちゃんでれば
皆買うよ。ワインだって売上右肩あがりだよ。
テレビのプロフェッショナルもそう、
業界から、音楽性、人柄も絶賛されてるのに
何故オファーをださなかったのか?が不明。
服だってあっちゃん着れば、ハイブランドだよ。
まぁ、オファーだしてもあっちゃん
猫と遊んでるほうが良いんだろうけど。
でも、本当につくづくおもいます。
偉大さを…。
あっちゃん(Buck-tickのメンバーもね)位だよ。
バンドに真剣で、曲を大切にして、
見栄をはらずに活動してきたバンドは。
Buck-tickには見栄も何も必要ないんですよ
テレビに出なくても、SNSで配信しなくても
ファンはいつでも夢の中にいたんだから。
ロシア、ウクライナの人々も追悼
と、ありましたけど…本当に心から悔しい。
見てもらいたかったなぁ。
Buck-tick美術館を誰か様
作って下さい。
Darkな愚痴はもぅやめます。
さよならあっちゃん。
Buck-tickのファンになれたことを誇りに生きます。